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佐藤陽子さんの訃報


2022年 8月2日です。

昨日、バイオニストの佐藤陽子さんがお亡くなりになられました。

10年前にお目にかかり、めがねのご縁も頂いて

おりました。

大変に気さくな方でお話も楽しかったことを思い出します。

その後、ネックレスでもご縁を頂きましたのに、、

まだ72歳の若さでした。本当にビックリです。

ご冥福を心よりお祈りいたします。

門司港ビアフェスタ 3


2022年 7月25日です。昨夜、門司港ビアフェスタの

最終日に社員と共に閉店後、参りました。

ハワイアンムードが満点です。

ちょっと昔を思い出して第一回目のチケットを探して

今回のチケットと比べてみました。

28年前は流石に手作り感が満点ですね。

でも千円チケット、100円づつの綴り性はずーっと

同じで継続しているのですね。

下記の写真は2回目の時の写真です。27年前ですね。

最初の頃は私が司会しておりましたが、

こうして継続して下さる、引き継いで下さる皆様に

感謝しながら美味しいビールとフードを満喫した夜と

なりました。感謝ですね。

 

 

3年ぶりの大阪。


2022年 6月30日です。昨日の定休日に3年ぶりに

大阪に参りました。

7月から梅田のデパートで修行に行く息子と共に大阪を色々と、

視察をしていましたら、取引先の方とバッタリ!

私も50年前に大阪で修行しましたが、息子も同じ大阪での

修行とは、、

自分も自ら修行先を見つけてきましたが、息子も

自分で決めてきました。親子って似るものですね。

若者たち の映画その4(最終回)


2022年 6月21日です。若者たちの映画についての

最終回です。

大阪から修業後、店に戻り26歳の時にDMPという勉強会と

出逢います。

このDMPは1週間の合宿の訓練でしたが、

「リーダーとは」の考え方と行動の規範を徹底して

教えて下さいました。

卒業生はDMP北九州という組織を作り、今なお、数十年経ても

その勉強会は続いています。

(名称は皆川DMP研究会と変わりましたが、、)

その勉強会の例会として当時28歳の私は

若者たちの映画上映会を提案して、その企画が通り実行する

事になりました。

(今はない)旧小倉市民会館をDMP北九州で借り切って

若者たちの映画上映会を行いました。

それほどこの映画に、思い入れがあったのですね。

時は流れて、、

2000年になりBSテレビで上映された折にDVDを入手して、

2022年、4月、主演の田中邦衛さんの歿後1年の企画で

4K映像の綺麗な「若者たち3部作」が再びBSで

流されて綺麗なDVDを手にする事が出来ました。

つい3ヶ月前の話です。

そんな矢先の 山本圭さんの訃報でした。

それでショクアツされて昔話を4回に渡り書かせて頂きましたが

読んで下さってありがとうございました。

一つの映画に思いを馳せる男のエピソードとして

読んで頂けて幸いです。

そして、、、

読んでくださった貴方に質問です。

「貴方の生涯で一番印象に残った映画は何ですか?

そしてその映画のどこに魅せられたのですか?」

若者たち の映画 その3


2022年 6月20日です。

若者たちの映画の続きです。

1974年、大学を卒業し、社会人になり、大阪に修業に

行きました。下記の写真は大阪修行時代の写真です。

そこで新聞の映画欄で神戸にて若者たち3部作の

上映ニュースを知りました。

第一作の「若者たち」は高校時代に

第2作の「若者はゆく」は大学時代に

 

見ていたのですが、第三作の「若者の旗」は見る機会を

失っていましたので 就業先のお店の休日に大阪から神戸まで

見に行きました。

これで3部作を全て見ることが出来たのですが、ワタシとしては

やはり第一作の「若者たち」が一番印象に残りました。

ビデオもDVDもない時代ですから、どうしても再び見たいと

思いつき28歳の時に再び 若者たちを見るのですが、

それは何と自分が主催しての自主上映となったのでした。

それについては明日、詳しく書きますね。

ちなみに大阪修業時代の1974年には大阪で忘れられない

2本の映画にであいます。

1本は「砂の器」で、もう一本は「仁義なき戦い」でした。

2本ともに映画史に残る名作ですね。

いつかこのことも書きたいと思います。